世界観を保障する「雅」の存在
◎形式:構造解析
◎2018.03.10.Privetter掲載※一部改変有
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『彼岸島』とはどういった話なのか。多くの読者は、カテゴリー的にはホラー(もしくはギャグ)、あらすじを語らせれば「明が復讐のために雅に挑む話」等と答えるだろう。確かに主人公の宮本明は、親友や兄を尽く雅に奪われ、その度に雅を殺すことを繰り返し胸に刻んでいた。よって「宮本明の復讐劇」で間違いはない。
しかし本当にそれだけなのだろうか?『彼岸島』には別の側面から伺い知ることのできる、異なる物語の型が、まだあるのではないか。
ではどのようにして「別の物語タイプ」を探していくのか。
まず第一にすることとしては、視点を変えてみることをお勧めする。キャラクター考察をよくしている読者にとっては容易な行為だと思うが、これが結構難しい。視点を変えるということはつまり、「今まで主にしてきたキャラクターから離れ、一歩引いた目線で注視しつつ、別のキャラクターにシンクロする」ことに繋がるからだ。(キャラクターの場合。)
そうすることで見えてくる世界が広がり、物語の構造に触れることができるのだ。
では早速実践してみよう。例えばシンクロするキャラクターを雅に変えてみる。すると物語は
「アルビノに理解のない差別&他者否定傾向の強い人間たちが、自分の目的を尽く邪魔してくる」
話となる。それだけなら未だしも、篤に至っては自分の封を切ったことに対してうっかり責任放棄するような発言までしているから、「人間って勝手すぎる」というのが雅の主張としてあり得るだろう。(今となっては彼が最大の勝手気儘さんなのだが…。)
これは極端な思想であり、「それは違うだろう」と声を上げたくなる読者も少なくはないだろう。
だがあくまで今シンクロしている相手は雅であるから、原作を参考になるべく雅の思考を予測し、近付かなければならない。でなければ「そのキャラクターへのシンクロ」自体が難しくなってくる。
また宮本明というキャラは雅と悪辣な吸血鬼たちがいるからこそ、
・ヒーロー
・正義
・敬意を抱く相手
・希望
・救世主
という属性が付加されたわけであって、もし明が兄を切って泣く泣く彼岸島に渡らなければ、今のような悲劇には繋がらなかっただろう。
小説家の夢を実現するか、その他の偉業を成し遂げない限り、上記の属性も加わらなかった可能性の方が高い。
※属性は関係性の後に成立。好きなものに置き換えると理解がしやすくなります。
この立場に明自身は固執していないだろうし、ましてや傲慢に構えてもいないことは本誌の内容が物語っている。
ただ『彼岸島』という一つの物語を成立させている最重要項目は間違いなく雅(とその配下の吸血鬼たち)の存在である。彼がいたからこそ吸血病患者が出現し、篤は騙され、明も戦うことになっている。
雅がいなければ『彼岸島』は全く別の物語になっていただろうし、下手したら本土から出さえしなかったかもしれない。そうなると『彼岸島』というタイトルすら危うくなる。(キャラクターの役割分析に直結)
そしてこれは作者には非常に申し訳ないことだが、本土が舞台だと、島は島でも規模的な問題で読者に違和感を与えることになる。
ここで一例を挙げよう。『彼岸列島』だと切れも悪くて語感がしっくりこないから、多少かっこ悪くとも無難に『彼岸国』あたりになるとする。
そうなるとフィールドが一気に広がり、描かなければならないこと(吸血病が広まったときの国内の状況や、政治的対応など)も膨大になるため、
ファーストインプレッションは強いだろうが、作者の力量によって名作になるか駄作になるかが両極端にわかれてしまう。
また、やはりフィールドが広いとどこを舞台にするかが難しいし、その分リアリティも求められる。
しかし実際は『彼岸島』(地図に載っていない孤島)として話が始まり、現実世界には存在しない島を舞台としてリアリティを積み重ねてきたおかげで、現在本土編をやってもある程度の現実味とバランスが保証されているのではなかろうか?
大分逸れてしまったが、本題に戻るとする。前述の通り雅は人間を「くだらないもの」として認識しており、滅ぼそうと企んでいた。その手段と結果として、本土に蚊を放ち、人間と彼らの作り上げたものを壊してしまった。
つまりは人間社会の解体を行なってしまった訳だ。ならばそうなった今、雅とは構造解析的にどんなキャラクターだと言えるのか?
雅はトリックスターなのではないか?
トリックスターとは異界譚に頻出するタイプの登場人物のことで、下図にかんたんに示してある。
図に従って雅を当てはめてみると、「雅は本土(今まで雅が踏み入れたことのなかった地)に突如君臨し、吸血鬼ウィルスと蚊によって、人間社会の常識を解体した」トリックスターであると言える。
こういった物語のタイプを、構造解析では「トリックスター・ロマンス」と呼ぶ。
ただトリックスター・ロマンスには、異界(ファンタスティックなものに限らない)に飛び込んだ人物が「戻ってくる」という側面も持っている。
雅はまだ元居た場所(彼岸島)には戻っていない。故にトリックスター・ロマンスが完成していると断言することは難しい。が、今後の展開次第で雅は本当にトリックスターとなるかもしれない。そうなると寧ろ『彼岸島』のストーリーのメインがズレてくる上、雅がもう一人の主人公となる。
それでも雅を取り巻くストーリーを考えると、雅がトリックスターである可能性が高い。(同じフィールドで考えた場合、主人公は宮本明であるが、彼は彼岸島での常識を緩和はしたものの、壊すことはせず肯定をしているので、トリックスターであるとは言い難い。)
故に恐らく『彼岸島』には、宮本明の成長・復讐譚の他に、雅のトリックスター・ロマンスが含まれているのではないか?宮本明の話と見せかけて、実は人間社会への皮肉が含まれているのではなかろうか。
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